こんにちは。
この記事では、アニメ「葬送のフリーレン」のキャラクター、ゼーリエとフランメの登場シーンにおいて、原作から改変されている場面からどんなことが分かるのか考察しています。
もし人の解釈や考察が知りたいという人は最後まで見てもらえたら嬉しいです。
ネタバレありです。あらかじめご了承ください。
ゼーリエとフランメ、それぞれ別々に考えていこうと思います。
改変シーンから分かるゼーリエ
ゼーリエのフランメへの想い
アニメ25話「致命的な隙」の、フリーレンが自分の複製体と戦っているときの回想シーン。
ゼーリエとフリーレンが森の中を歩きながら亡くなったフランメの話をしている場面です。
結論から言うと、この回の改変された演出には、フランメへの温かい想いが込められていると思いました。
その理由は、過去の幼少期フランメの描き方です。
原作ではゼーリエとフランメの過去の回想がコマで描かれています。
ですが、アニメでは少し違った描き方をしていて、まるで幼少期のフランメもその場にいるように重ねて描かれているのです。
その描き方は、フランメとの思い出をまるで昨日のことのように覚えているようでした。
また、その思い出を優しい顔で語っています。
このような改変によって、ゼーリエは実はとても弟子想い、そして、フランメをとても想っていたことが分かる演出となっていました。
ゼーリエを象徴する花
アニメ第27話の「人間の時代」の1級魔法使いを面接で決めるシーンでは、ゼーリエを象徴するであろう花が描かれていると思いました。
理由は、ゼーリエが合否を伝える際に見つめている「ルピナス」という花にあります。
花言葉は「想像力・貪欲・多くの仲間」です。
1つずつ見ていきましょう。
想像力
まずは「想像力」について。
「葬送のフリーレン」の世界において、「魔法はイメージの世界」と言われています。
ゼーリエも言っているように基礎中の基礎で、イメージできないものは魔法で実現できません。
そのような世界において、魔法使いの頂点に君臨しているゼーリエだからこそ「想像力」という言葉を身を持って示していると言えます。
また、面接でも受験者が一級魔法使いになれた姿をイメージできているかどうかが、1つの判断基準になっていましたよね。
そのことから、ゼーリエと「想像力」という言葉には切っても切れない関係があると言えます。
貪欲
次に「貪欲」です。
この言葉は、ゼーリエの野心家な部分を表しているのかなと。
ゼーリエは、魔法使いには野心が必要だと考えています。
初めてフリーレンを見た時も「野心が足りない」と言っていましたよね。
それほど、魔法に貪欲になることはゼーリエにとって揺るがない価値観なのです。
また、今でも魔王軍との戦いに参加していたような、強い魔法使いを求めているという欲深さにも繋がります。
そのことからも、ルピナスはゼーリエの考えを象徴している花と言えるのです。
いつも幸せ
次は「いつも幸せ」です。
これは正直分からないのですが、ゼーリエが弟子を取るようになってから思うようになったのでしょうか?
ゼーリエの行動や言動から、弟子をとても想っていることはよく分かります。
そんな弟子たちを抱えるようになって、いつもの生活が幸せと感じるようになった。
こんなところでしょうか?
その場合、「いつも幸せ」という言葉にも辻褄が合います。
改変からシーンから分かるフランメ
アニメではフランメと一緒に強調されている花があります。
第10話と第25話に出てきました。
おそらくですが、「オオアマナ」(オーニソガラム)という花だと思われます。(違ったらごめんなさい)
第10話ではフランメのお墓の周りに。(次回予告からでも確認できます)
第25話ではカエルと一緒に写っています。
オオアマナの花言葉は「無垢、純粋、才能」です。
そして「純粋」という言葉の由来は、オオアマナの穢れの無い白い姿から来ていると言われています。
それぞれ、オオアマナとフランメの着ている洋服の色に注目して欲しいのですが、どちらも白です。
フランメは子供の頃から「世界中の人が魔法を使えるようになって欲しい」という夢を掲げていました。
普通に考えれば途方もない呆れるような夢物語で、ゼーリエさえも彼女には実現不可能だと思っていました。
ですが、フランメは人類の魔法の開祖にまで上り詰め、夢を叶えます。
その純粋たる行動は、フランメが年を重ねていく姿から分かります。
彼女は幼少期から穢れの無い白い服を、大人になってもずっと着ていました。
穢れることなく純粋な白のまま。
原作漫画では「オオアマナ」のコマはなく、アニメで追加されたアニオリです。
そのためアニメの改変から、フランメは「世界中の人が魔法を使えるようになって欲しい」という夢を、幼少期から穢れることなく純粋に信じ続けてたことが分かります。
原作を読むと、フランメは強い芯を持った素晴らしい女性でフリーレンの師匠です。
ですが、同時にアニメでオオアマナという花をカットに入れることで、「その芯を支えていたのは、純粋な心だったのかな」ということが伺える改変でした。
こちらの記事でフランメについて詳しく考察しています。
まとめ
かなり飛躍した妄想も混ざりましたが、このようなワンシーンだけでゼーリエとフランメの想いや特徴を視覚的に表現していました。
原作の意図を汲んだ改変があることも、「葬送のフリーレン」という作品の面白さや魅力につながっています。
どの改変された演出も、とても心に刺さる演出となっています。
もし、まだ見ていないという人は見てくださいね。
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