競馬もウマ娘も知らない人間がアニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』を見た感想と考察

こんにちは。

この記事はアニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』2話までのネタバレを含みます。

また、馬のこと、ウマ娘のことを何も知らない人間が書いていますので、あらかじめご了承ください

それではいきましょう。

競馬のことは何も知らないし、ウマ娘を初めて見たがすごく面白い

まず、何を考えて本作を見ようと思ったのかですが、以下サイトのURLにあるキービジュアルを見たからです。
https://anime-cinderellagray.com/

ボロボロのジャージに白色?銀色?の髪型をしたオグリキャップに一目惚れとしたのと、大好きなスポ根の匂いがしたのでたまらずU-NEXTで2話続けて見ました。

感想ですが、すごく面白かったです。

ウマ娘は長い歴史があるため、いきなり参入してもついていけるのか不安でしたが、その心配は不要でした。

また、競馬についても全く知らないのですが、知識不足はそこまで気にならなかったというのが本音です。(ただ後述するのですが、モチーフとなった馬を知っていることで楽しめると思いました)

ここからはどんなところが面白いと思ったのか、書いていきます。

スポ根あふれるOPの疾走感がたまらない

OPは[Alexandros]の楽曲「超える」。

疾走感がたまらないです。

まずサビ前の少し薄暗い中、光を求めて走っているような演出?から、視界が一気に晴れて土煙とともに衣装も変わり競馬場を駆けていくのがかっこいい。

サビ前の曲調も少し貯めているせいか、サビになった瞬間のリズム感とオグリキャップの疾走感がたまらなく癖になります。

というかフォームがかっこよすぎますね。フジマサマーチよりも一段以上低い前傾姿勢としなやかな腕の振り。

砂を掴むように蹴る走り方によって舞う砂煙も、オグリキャップの力強さが伝わってきます。

なにより歯を食いしばりながら走る姿からは、「このレースに懸けている」という気概すら見えてくるほど思わず息を呑みます。

アニメ1話はちょっと気の抜けた感じも多かったですが、レースになったときの実力と表情のギャップにやられました。

歌詞やアニメの魅せ方も合わさってか、自分の限界を超えようとしているオグリキャップに引き込まれます。

作中で「スター性」という言葉が出てきますが、まさにオグリキャップはスターという言葉を体現していますね。

あとラスボス感満載に笑うウマ娘と、生徒会の会長みたいなウマ娘が曲に合わせて頬をつくリズム感も好きです。

オグリキャップというウマ娘について

1話目で惹かれて、2話目で虜になりました。

理由は主に2つです。

  • 言葉ではなく走りで語る
  • 膝が悪かった過去とED曲

言葉ではなく走りで語る

まず1話の導入が、しっとりしながらもそれぞれのキャラ付けが分かりやすく描かれており、何より後半で見せたオグリキャップの才能の片鱗とフジマサマーチと今後繰り広げていくであろうレースに期待が膨らむ始まりでした。

そんな「シンデレラグレイ」の主人公オグリキャップですが、かなりの大食いで食堂を店仕舞いにしたり、相手の悪意にも気づかない鈍感さとマイペースさ、意外と口下手な一面があったりなど、かなり濃いキャラクターであることが分かります。

そういった愛くるしさが良いテンポ感かつデフォルメで表現されていて、1話前半時点でいちキャラクターとしては心を掴まれました。

しかし、このキャラ付けだと性格が浮世離れしていたり、なおかつ物静かで大して発言もしないから、スポ根ものの主人公にはふさわしくないのではないか?という感想も同時に持ちました。

ただ、そんな感想はすぐに消し飛び、いつのまにか彼女の一挙手一投足に目を惹かれるようになっていたのです。

  • 物置部屋に書いてあった朝から晩までびっしりある分刻みのスケジュールと練習する姿。
  • 靴ヒモを結び終えた後、瞳にメラメラと青い炎を宿し走り出す姿。
  • ずっと着ている泥だらけのジャージと靴。

言葉がなくともオグリキャップの「走ることに懸ける情熱」が伝わってきました

奥底にある「情熱」を走ることで語るのがこのアニメの熱さの本質であり、特異な部分なのだと思います。

マイペースで無口、大食いでお母さん大好きなど、かわいい一面がありながらも心に秘めているのは走ることへの情熱。

こんな主人公に惹かれないわけがありません。

さらに2話では膝が悪く、走ることができなかった過去が明かされました。

膝が悪かった過去とED曲

最初は立ち上がることもままならなかったオグリキャップ。

しかし、お母さんに何時間もマッサージしてもらったことでようやく走れるようになったことが分かります。

そんな彼女が走る理由は「走れるから」なんですよね。

膝が悪かった頃を経験しているからか、立って走れることが奇跡で嬉しいと語っています。

「走れるから」という言葉、妙に納得感と重みがありますね。

おそらくそれは、彼女が1話で走りへの情熱を走ることで示したからなのだと思います。

そしてオグリキャップの声優「高柳知葉」さんが歌うED曲「∞」。

この曲の歌詞ですが、まるでオグリキャップの心を映しているかのようで哀愁が漂っています。

特に幼少期、テレビに興味を示さず外を見ている様子が切ないし、季節の移り変わりを眺めることしかできないのが残酷です。

ただ、哀愁があると書きましたが、この曲にはOP曲「超える」とは違った疾走感があると思っています。

それは、オグリキャップ自身が暗闇を抜け光へ向かい走り出したことで、思うように生きられるようになった嬉しさが十二分に伝わってくるからです。

また、変わっていく四季折々。今までは家の中でしか四季を感じることができなかったのが、走りながら四季の移り変わりを感じていることが琴線に触れてしまいます。

まさにオグリキャップのための曲であり、おそらく現実のオグリキャップを知っていくことでもっと深みが出てくる曲なのだと思いました。

オグリキャップの史実を知るべきかどうか

どうでも良い悩みなので、軽く読み飛ばしてください、、、

さて、2話まで見て迷っているのが、現実のオグリキャップの史実を調べるべきかどうかです。

ネタバレはしちゃうけど120%アニメを楽しむために歴史を知るか、ネタバレなしで当時の熱中をアニメで追体験するか。

話の都合上、少し改変を加えているかなと思うのですが、おそらく大体のことは歴史通りに進み、キャラについても現実の馬の性格や特徴に合わせた設定をしていると思っています。

例えばアニメであったのは、大食いな一面や膝が悪かった過去、お母さんから渡された髪飾り。動作なら走る時の姿勢やレース前の首を振る仕草。

そういったのを忠実に再現しているのであれば、小ネタとしても作品を120%楽しめることができます。

また、「シンデレラグレイ」のシンデレラから見るに、本作はオグリキャップのシンデレラストーリーであることは明確です。

いわば、過疎っているカサマツで名を上げ実力が認められて東海ダービーに参戦、ゆくゆくは中央のレースにも参戦して強敵たちを超えていく話。

確かにレースの結果を知っているからこそできる感動があると思います。

ただ、当時世間を熱中させた歴史をアニメで追体験したいからこそ、レースの結果を知りたくないんですよね。

どっちが良いんでしょうか。

悩ましいので一旦保留にします。

もしこっちがいいよーなどありましたらコメントお願いします。

まとめ

マークしていなかったのですが、まさかの一目惚れで見始めた『ウマ娘 シンデレラグレイ』。

オグリキャップの運命や取り巻く周りのウマ娘や人間たちがどうなっていくのか。

そして何より、息を呑むような白熱のレースが楽しみです。

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